憂き目

生きるという憂き目に遭う

生活の哲学

今まさに感じている不便さも、何もかもが、懐かしいなで一蹴される
これはすべてに適応される
もうそんなことは目に見えて分かってきた
まだ30チョイなんだけどな
別に生きていてもいいし、死んでしまってもいい
今を生きている感覚がどんどん失われて、どうやって感じたらいいのか忘れた
目標だった引っ越しも終わったし今年はもう何もしなくてもよいことになっている


すべては認識次第、どう感じるかってねー
萎えたとか辛いって感じるのも別に永遠じゃない
気晴らしがヘタクソすぎたら永遠かもねーとは思うけど他人事だから知らん
生きていてだるいことはありえないぐらい多いけど、別に大したことじゃない
別に何が起きても関係ないしー、もはやー、自分事だとしても関係ない
ずっと地に足がついてないまま、忘れてしまった


肉体はアバターと表現した方がしっくり来る
唯一プレイアブルなキャラだから仕方なく使っている
こんなゲームいつ辞めてしまってもいいよな
電源ボタンが見当たらないからダラダラやっているだけだ
そんな感覚だからイラつくことがあっても「終わらせれば終わる」で消化できる
やる気があるわけじゃなくて、淡々としているだけ


だからといって無気力でも自暴自棄でもない
間違いなくロフトで吊りを考えていたときは自暴自棄だったけど
本当に最近はそんなことも思わなくなった
人生が辛いっつーのは主語が大きいんだ
直近のなんかが辛いから単位が大きく感じられるし
そこそこ未来へ投資して「出られる」って状況を作らないから永遠になっちゃう
そりゃね 資本主義の世だからさ 金を稼ぐ力がないと不快が襲ってきちゃうよ
おすすめはメンタル負荷が掛からないことを仕事にすること
適度に生きる小目標を立てること
それ以上のことは何もない
俺はずっと鬱病の治療みたいな生活をしているのかもしれない 実は直ってないのか?


哲学がスルスルと頭に入ってくる
直近のお気に入りはフッサール現象学
ヒトが作った意味など世俗的なものも何もかもがなく、現象をどう感じたか?
メタだらけの俺からすると純なるものを求めて思想する哲学は美しいと感じるよ


死生観の記事でよく言及しているけど
ニヒリズム」「リアリズム」これを混ぜて割ったら俺
そのバランスが良くなってきた自負がある
ニヒリズム
どうせね、この世に存在するすべては虚無だし意味などないんですよ
それはブレない、価値は等しくないよ
無いことに傾倒すると、無気力を併発する
「リアリズム」
とはいえ、この世に肉体はあるので仕方なく生きざるなんですよ
これは仕方がない、諦めて受け入れな
在るものに囚われると、焦燥に苛まれるよ


混ぜて割って、全てを虚無だと認識した上で、
今俺が生きてエポケーしたコトは「在る」んだよね
でも自分事だなって感覚はない
もう観測者が過ぎて「在るね」になっている
「ね」、て 虚空に向かって言っている
とっくに現実に期待はないからこそ、すべてを赦している
別にただそこにあるコト
それにエポケーする俺も、ただそこにあるコト
在るね 在るだけですね 在ることに意味はない
怒るけど怒らなくなった 心の底からの怒りはもう金輪際ないし元からなかった気もする
いいんだよなんでも 究極どうでもいいが完成している


またお気に入りの哲学が出来たらなんか言うんだろう
言語化欲がそうさせる 書きながら既に見返したい気持ちになるでしょう